西アフリカの音楽と文化を紹介します。よい音のジンベもたくさんあります。ショッピングカートのほうもよろしく。

心に響く、よい太鼓がたくさんあります。ショッピングカートにどうぞ メール

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先週の日曜日のアショカのジンベワークショップは、いろんな事情があって太鼓の音が出せたないということになった。

 そういう訳なので・・ということで参加申し込みされた方に(お店で)確認してもらったら、それでもみんな来るという。・・・

 太鼓叩けないのに、太鼓のワークショップに来るなんて・・・
なんて素敵な皆さん。

太鼓が叩けないときには、リズムを口で歌いながら、ゴスペルのアカペラみたいにアンサンブルを創り上げていくわけです。リズムをステップに移し変えたり、ステップをリズムに移し変えたりする練習をしながら楽しい音楽にしていくわけです。

正直、太鼓で叩いている時より楽しかった。(笑)楽器というのはどうしても技術が必要なものなので演奏するのにせいっぱいになりがちです。音楽が自分の中でとじてしまいがちなのです。歌だと、のりさえつかめてくれば、それが殆ど無い。音楽がオープンハートになるのです。結構いろんなリアクションで笑いが多かったというのもあるが、本当に集まった人達の心が開かれた状態になった。

 これと同じことが太鼓で出来れば、もっともっと楽しい音楽になるに違いない。

集まってくれた皆さんほうとうにありがとう。
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スピリチャルというので思い出したのだが、
ドラマーは予言ができる。??

 予言ができるというと大げさだが、オンビート(拍子)の位置を前もって知ることができる。
もちろん、寸分たがわずピッタリ拍子の位置を知っている。
「なんだー」と言う人もいるとおもうがこれはすごいことである。拍子が予測できるということは、ダンサーの動きを予測することができるということである。
 ちょっと簡単な未来予測である。(もちろん実現は相当むずかしい)

関係が有るか無いかわかりませんが、西アフリカの地域にローカルな太鼓とダンスのコンテストみたいなのがあって、その審査基準の一つに時間があるというのを聞いたことがある。規定時間ピッタリでないと減点されるという話だったような気がする。

スティービー・ワンダーなどの天才的な演奏家は、何小節も先のことを演奏しながら分かっているという話をきいたことがある。こうなるとたいした未来予測である。

このようにして、相手の動きが予測でき同調できると、こんどは自分のドラムで相手を動かすことができるという。
いわゆる本当のヒーリングドラム。
太鼓の音で単に癒されるということではなく。本当に相手の心に同調し、問題点を探り当てる力を持ったドラマーがいる。
興味のある方は、
『アフリカの智慧 癒しの音 ヒーリング・ドラム』
著者:ヤヤ・ジャロ+ミッチェル・ホール 訳者:柳田智子
をぜひ読んでいただきたい。

 ヒーリング・ドラムやドラムの演奏でトランスさせてしまう力や占い、場合によっては見えない世界との会話などスピリチャルな音楽世界はちゃんとそれぞれに技術があり根拠のあるものである。そのための技術や智慧を僕達が持っていないだけの話である。多くの古代文明は音楽と数学と天文と結びついていた。音楽とは計り知れない智慧の宝庫なのである。

 もちろん、僕はそんなスピリチャルドラマーになりたいと思っているわけではありません。

 ジンベの音楽は、ドラマーとダンサーとオーディエンスが一体となって作り出す音楽です。
  
みんなとつながっているつもりではなく、本当につながることができる。そんな技術がほしいと思いました。
そのためにも、自分自身の体と自分の演奏がつながっているか?まずは、そこからスタートのようです。自分と本当につながれば、次は隣で叩いている太鼓、前で踊っている人・・・単純なつながりからより複雑なつながりへと進化していけるのではと思う。

 新しい挑戦のつもりで考えていることを忘れないように書き留めておきます。その程度の日記です。
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アブドゥライ・ジャキテ師はときどき、(太鼓も言葉をしゃべっているけど)「ダンスも言葉をしゃべっている」「歌っている」という。

比喩的な表現ではなく、本当にそういう事のようだ。

さらに、ダンサーの体の部分部分が太鼓のパートになっているという。
ドラムのアンサンブルのすべてが、一人のダンサーの体の中にあるという。
素晴らしい踊り手は、全体がリズムのアンサンブルというこのようだ。

最近そのことが少し分かってきたような気がする。
ダンスの先生でダンスは、ドウヌン(ドゥンドゥン)に乗っていると説明している人もいるが
その実は、もっと細かいように思える。ジンベのパートを体が歌っているように感じる。

最近思うことは、
たたこうという気持ちが大きすぎる、踊ろうとする気持ちが大きすぎるということである。(もちろん自分のことだが)
いれこみすぎた気持ちは、力みを生む。そして音楽を歪ませてしまう。
自分の気持を一旦切り離して、自分の外のリズムに直接体に同調させることが必要なのかなと思ったりする。
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体と心は、つながっている。心があって体があるのか?体があって心があるのか?

心の動きに対しての体の影響は大きい。苦手な朝も、楽しみなことがあれば早く起きれたり、嫌なことがあるとズドンと体が重くなる。みんな体験したことのあることだ。

一方、体の動きも心に大きな影響を与える。ラフター(笑い)ヨガなんかそうだ、楽しくなくてもみんなで笑い合ってると、本当に楽しくなってくる。

この2つは、直接つながっている。間で橋渡しするものを必要としない。体は目に見え、心は眼に見えない。

この2つに直接つなげられるものに、音楽がある。特にリズム。リズムは、体も心も直接揺り動かす。

・・
心と体。2つだけならまだしも、心 体 リズム 3つになると複雑な関係になる。

僕もそうだが、人によって心の影響力が強すぎる人がいる。心の影響力の強い人は、音楽を素直に聞けない。リスナーとしてはそれでも良いが演奏者となるとそれではいけない。逆に心の影響料が弱くても奏者としてはよくない。要は、バランスなのだが、バランスが取れているというより、心、体、リズムの影響力をコントロールできるちから、それが西アフリカのドラミングには必要なんだろうと思う。

西アフリカのドラマーはリズムを媒介に、自分を(あるいは他人同士)、他人の心や体に一致させることができる

スピリチュアルという言葉が独り歩きするのは、嫌いなのだがジャンベ ジェンベ ジンベいろんな外国語で呼ばれるジェベ・バラというバンバラの人達が生み出した太鼓は、やはりスピリチャルな太鼓である。しかし、その力は、心だけでは発揮できず、少なくとも体・音楽そして心3つが揃わなければいけないようだ。
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